第6回 「犬たちをおくる日」が伝えたいこと

2016/07/11
第6回 「犬たちをおくる日」が伝えたいこと昨年出版された『犬たちをおくる日』は、愛媛県動物愛護センターで犬たちの命を救うため奮闘する職員の日常が綴られたノンフィクションです。 愛情を一心に受けているペットがいる一方で、毎日どこかで不幸な命が消えていっているのも事実。
本書を通して「命」の重みについて考えてみませんか?今回は著者の今西乃子さんから、メッセージをいただきました。

昨年、犬・猫の殺処分業務に携わる人たちを描いた本書を発行した。
現在、私は二頭の犬を飼っている。うち一頭の犬、未来は、右目負傷、両後ろ脚を切断された捨て犬として愛護センターに送られ、殺分前日に絶望の淵から九死に一生を得た犬である。
こうした未来との出会いによって私は犬の保護活動に賛同するようになり、多くの子どもたちの前で「命の授業」を行うようになった。

第6回 「犬たちをおくる日」が伝えたいことそんな中「どうして犬や猫をセンターで殺すのか」という意見が子どもたちから出始めた。
どうして、殺さなければならないのか――。それは、命を簡単に捨てる人間がいるからだろう。犬を殺しているのはこうしたセンターで働く人たちではない。犬 を殺しているのは、飼い主としての責任を放棄し、無責任に繁殖させたり、犬を捨てる人間だということを、本書を通じて感じ取って欲しかった。

自称、動物好き、犬、猫大好きと言っていた人たちが「飽きた」「世話ができない」など、その結末が殺処分なのである。「飼いたい」と「飼える」は全く違う。
どんなに好きでも環境が整わなければ飼うべきではないということを多くの人に考えてもらいたい。飼わないことが、愛護に繋がることもある。
その命に対する責任が自分にとって大きすぎると感じるなら、欲しくても、飼いたくても、時に飼わないと選択することも、犬・猫に対する立派な愛情なのだ。そうすれば、処分される命は確実に減る。

第6回 「犬たちをおくる日」が伝えたいこと捨てられた命を救うことは大切なことだろう。しかし私は、「捨てられた命を救う」より、「捨てられる命が無くなる社会」になることを願って止まない。
捨てるのは簡単だか、捨てられた命を救うのはその100倍大変なことなのだ。
自分にできる「動物愛護」とは何なのか、今いちど本書を読んで、考えていただけたら幸いである。

取材協力

今西乃子(いまにし のりこ)
大阪府岸和田市生まれ。児童書のノンフィクションを手掛ける。
執筆のかたわら、愛犬を同伴して行う「命の授業」をテーマに小学校などで、出前授業を行っている。
著書『ドッグ・シェルター』(金の星社)、『命のバトンタッチ』(岩崎書店)他。
http://noriyakko.com/index.html
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